2015年6月9日火曜日

ただ手放すとき

物持ちがよかった僕は

捨てずに持っていたものが

多くありました。


シンプルな生活を送ろうと思ってから、

あると便利なものは

今なくてもいいものと思って

どんどん手放しました。


でも、

思い入れのあるものが、

なかなか手放せません。


どんどんものは減っていくんですが、

心のどこかでもっとシンプルになりたいと感じていました。


どれだけ手放せば心まで軽くなれるのか考えた僕は、

持っているもの全てを手放そうと

覚悟を決めたのでした。


そうして最後は

自分を手放すことになるのです。


そこで分かったことは、

それまで必死な思いまでして手放してきたものたちは、

どれも自分のものではなかったということです。


もちろん大切に思ってましたし、

そう扱っていましたが、


ただそこにあるもの、

と、

僕、

という関係性が

それ以上になったり、

どちらかの一部になったりしたことは

ないのです。


そういった関係性の変化の無さは、

ものだけでなく、

身体や、

記憶、

時間、

空間、

イメージなどもそうで、

僕のものになることはありません。


全てのものは

いつかは必ず跡形もなく消えて無くなるので、

手放さなければなりません。


そのことに感情移入して

思いをくっつけてしまうので

執着が生まれるのです。


何かが生まれて

無くなっていくのは

とても自然なことで

とても美しいのです。


それを悲しみに捉えてしまうのは

自分のものとして捉えているからなんです。


今この宇宙にあるものたちは

本当に神秘的な力が働いて出来上がったものばかりで

誰のものでもないまま、

今ここへやってきて

使わせてもらっているという感じです。


今、僕からみると、

とてつもない神聖なものを

託して下さってるような感じで、

本当に大切に使わなきゃならないものだらけです。


僕らは本当に豊かな世界を生きているんです。


手放さなければならないのは、

それらを自分のものとしてしまう思いなんです。


結局、その思いは

手放すことになるんですから、

今手放しても同じです。


見え方がまるっきり変わりますが、

そこにあるべきものも、

そこにあるべき自分も

何も変わらずに、

あるがままに

あり続けています。

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