ネガティブにものごとを見るのでは、
同じ事象も全く変わってきます。
なんだかんだ言っても、
ポジティブな方がいいよなぁぐらいに
感じている人は多いと思います。
ネガティブな発想が
更にネガティブなことを引き起こす、
負の連鎖を避けたくて
ポジティブでいることを
心掛けている人も多いと思います。
今この世界を見渡したとき、
みんなが幸せを目指して
できるだけポジティブに生活しているのは
間違いないのですが、
どうも上手く行ってないところがあります。
何故なんでしょう?
そしてそれを何とかするために
更にポジティブな方向へと
ものごとを持って行こうと
みんな頑張るのですが、
そこは少し丁寧に見ていく必要があります。
何故かというと
ポジティブなことを別の観点から見たとき、
ネガティブな部分が必ずあります。
必ずです。
ある方向性を向くことに対して
別の方向性のことが必ず発生していることに
気付いるのといないのでは
後の導かれることが変わってきます。
ある目的に対して正の方のことが
負の方に対して大きいとき、
一見ポジティブな感じがしますが、
その小さな負を無視して進み続けると
積もり積もってその負の状態を
制御出来なくなることになります。
今の世にある問題とされていること全て、
この制御出来なくなったポジティブの裏側が
そのように現れているのです。
戦争も、
経済的な格差も、
環境破壊も、
人口の問題も、
もっと範囲を絞って、
人間関係から、
家族のこと、健康のことまで、
人間を取り巻く全ての問題は、
もともとネガティブなのではなく、
ポジティブな発想から生まれています。
安定した平和をもたらすため、
便利で豊かな生活をするため、
ずっとそうやって頑張って来た過去を
別の角度で見てみれば分かります。
絶対に正しいと思ってしまうことで
見落としてしまう小さなズレが、
この時代に入って、
見過ごすにはちょっと大きくなってしまって、
あからさまに目の前に現れています。
それを見なくて済むように、
更にポジティブを目指しているので、
ポジティブでいることがとても大変です。
そんな命懸けのポジティブに
心の余裕など無くて、
ネガティブな世界に
押し潰されないようにするのを
ごまかし続けるのはもう無理でしょう。
ごまかし続けるのはもう無理でしょう。
もうそうなると、
ポジティブが良いのではないことが
分かると思います。
もちろんネガティブも良くはありません。
良いふうに言われていることを、
丸呑みにしてしまうことは
もうやめるべきです。
安心しようとすれば
不安が付きまといます。
安定を求めれば
不安定を意識させられます。
ポジティブなものとネガティブなものは
常にセットであり続けます。
良いことをどんどん推し進めていくと
悪いことをどこかで増長させていきます。
何もしないのが良いのではありません。
そうやってものごとが
陰と陽、正と負、静と動、
常に影響しあって進んでいくことを理解すれば
真ん中がだんだんと見えてくるようになります。
そうすれば少し行きすぎたら戻すことも、
少し足りなければ足すことも、
自分の感覚として分かるようになります。
ネガティブな感覚をただ遠ざけるのではなく、
ポジティブを上手に引き出すために
ちゃんと意識して活用するのです。
行き過ぎたポジティブが生み出すネガティブを
ポジティブに埋もれさせようとせず、
ちゃんと見て理解して
行き過ぎたポジティブを慎みましょう。
そして中庸でいることを意識しましょう。
それができるようになると、
慎むことが更に大切なのが分かります。
悪いことを慎むのと同様に、
良いことも慎んで行うのです。
高いところへ行けば、
その分降りてこなければならなくなります。
しっかりと自分の足で立ちやすい
平らな地面の上でバランスを取るのが
一番楽でしっかりします。
自分の目線で周りを見れば
自分にできることが分かってきます。
それをやれば問題は片付きます。
ポジティブになることに
必死になる必要も無ければ
ネガティブを無くすために
頭をグルグル使う必要もありません。
両方を自分の目線で見て
タイミングを見て必要なエネルギーとして
使っていけばどちらも有用なものになります。
ものすごく悔しかったり悲しかったりすることで
前進するのはそういうことです。
感情に対してドライでいる必要はありません。
どちらにも傾倒しなければいいだけです。
どちらにも振り回されなければいいだけです。
そのためにも慎み深い心で
日々を過ごすことが大切になります。

